子育てのゴールはどこ?〜江戸時代を引用するときに

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子育てのゴールはどこにあると思いますか?
「子供が家庭を持ち、どんな子育てをするか」までという意見は
子育の連鎖を指しているのでしょう。

幕末に日本を訪れた外国人の感想〜江戸時代の子育と引用されているのを見かけます。
・子供は一日中遊んでいる楽園
・親が子供を叱っているのを見たことがない

そこから子供はノビノビと遊ぶことで生き生きと育つ。
親が叱らない方が子供自身で育っていく。
親が何も言わないほうが、子供は自分の将来を自分で作れる。

そんな育児論を見かけることがあります。

幕末から明治に日本に訪れた外国人が見た日本の印象は
よく観察されているけれど、旅行者が知ることができた日本の姿ですね。

【江戸時代は遊びながら学んでいた】
子供たちは一日中遊んでいた中でも学んでいた。
子供組、青年組〜地域によって違いはあるけれど
年齢集団のなかでしきたりやルールを学んでいました。

祭りや行事も、ただ遊びで参加しているだけでなくて
そこで役割や学ぶことがありました。

【親の職業の違いで子供の世界も違っていた】
武士、商人、職人、農業・・・
親や家を継承〜子育も違う〜違う世界に生きていたでしょう。

藩校、寺子屋、私塾〜学ぶ場所も違うし学ぶ目的も違いますね。
藩によっては幼稚園児くらいの年齢から
遊びの集まりのなかで道徳的な教えもしていたようです。

【社会のなかでも学んでいた】
10〜12歳で商家や職人さんのところに奉公にでる子供もいました。

仕事を覚えて社会人になる学びを奉公先でしていました。
今の時代と違って、仕事を選ぶ自由は少なかったし
職業の選択は早い年齢に決まったということですね。

【子育ては母親だけでなかった】
武士、商人・・・
とくに家を継ぐ子供の教育は、父親主導になることが多いようです。

そして江戸時代のイクメン率は高かったと言われていますね。
大家族だけでなくて村の子供として育てる意識があったようです。

仮親として何人もの大人が関わったり
子供を取り替えて育てる時期を作る換え子のシステムもあったようですが
親子の相性が悪い=育てにくいときも地域の他人に預けるというのは
昭和一桁生まれの世代から聞いたことがあります。

【はっきりとわかっているのは】
・日本は子供を鞭打つしつけはしていなかった
・親が口をださない子供の世界があった
・年齢にわけた子供の集団があった
・年下の子供を世話するシステムがあった
・遊びながらルールやしきたりを学んでいた
・家や継承する職業で子育てのシステムができていた

これからの子育を考えるときに
イメージだけでなくて機能していたシステムも理解しておきたいですね。

 
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